いつか透明になっていくために

やあ、気分はどうだい。なんというか、こんな風にきみに語るのはこれまでの時間を数えてみても初めてのような気もするし、ちょっとばかし照れ臭いな。ああ気にしなくていいんだよ。これから書くことはひとり言よりも、もっとずっとくだらない、そんな言葉ばかりなんだから。

まあ、なんというかね、今のところはこう呑気に過ごしているように見えても結構色々と大変だったんだよ。4年前のきみからしたら、たぶん、考えらんないかもしれないけどさ。そりゃそうだよな。あの時のきみってやつは、これからを誓いあった恋人も隣にいたし、なにもかも出来過ぎなくらいに人生ってもんがうまくいってたんだからさ。言わば、幸せの真っ只中にいたんだ。羨ましいよ。でもそれでいいんだろうな、もっと昔のきみはあまりに味気ない生き方をしてきたんだからさ。今くらいはまあ、僕のためにも少しはその時間を楽しんでくれよ。

3年前だっけか。きみはとりあえず趣味を作ろうって言って、毎日日記を付けだしたんだよな。そんときの文章は今でもたまに読むけど、うん、そうだな、きみはなるべく早く国語の勉強に取り掛かった方がいいぜ。頭も柔らかくなっておかなくちゃ、周りからは馬鹿みたいに見えちまうからさ。ああでもね、言い忘れていたけど、さっき言ってた恋人には勉強が理由で振られちまうよ。もっと自分の立場をよくしようと思って、勉強につきっきりになるのは止した方がいいな。あまりにも自分以外のことが見えなくなっていくのは、きみの昔からの悪い癖だ。惜しいことをしたよな。やっときみのことを心から愛してくれる人に出会えたっていうのに、それを自分でふいにしちまうんだからさ。

恋人はそりゃあまあいい子だったよ。そんなに外に出たがらないきみの手をぐいぐい引いて海の見える街まで連れて行ってくれたこともあったな。その子は少食なのに外食になったら気分を良くしてたくさん注文するんだよな。そのくせ、途中で困ったように「食べてくれる?」って言ってきたね。だけど、きみもそのことにはそんなに気を悪くしなかったよな。笑顔のよく似合う明るい子だった。その子とは別れてからもたまに会うことがあるんだけどさ、今となっては顔を合わせても無理な作り笑いをしてくるんだ。たまったもんじゃないよな。ほんとにさ。

別れてから半年くらいはきみはとち狂ったような人間になるんだ。普段は冷静にしてるように見えても、中身はグツグツと煮え滾っていたな。たぶん、きみははじめて悪い感情に流されそうになってたんだよ。仕方ないよな。もっと上手に生きる術を身につけるには、きみは少しばかり経験が足りなかったんだ。ああ、でも落ち着いて聞いてくれよ、きみにはこれまでの人生でいろんなことを分かち合ってきた親友がいたじゃないか。びっくりなことにさ、そいつもきみと同じ境遇だったんだよ。夜の公園のベンチで恋人に振られちまったことをふたりして打ち明けたときはお互いに笑っちまったな。だけど、このどうしようもない感情を分かち合えたってことが嬉しかったんだよ。僕もあいつもね。

その1年後に、きみは大きな壁にぶち当たるよ。これまでで一番のやつだ。もしかするとこれからもっとデカイのがやってくるかもしれないけど、まあそれは置いておこう。壁のことは詳しくは話さないけど、とにかく、何度も何度も打ちのめされたって諦めずにいてくれ。それだけでたぶん細やかな幸せが待ってるはずだからさ。でも気をつけないといけないのは、それだけで満足してしまうことだよ。その壁は経過でしかないんだ、そのことは決して忘れちゃいけない。壁を超えた向こう側のいる僕だから分かるんだ。きっと無視しちゃいけないぜ。

いや、こんな風に語る必要はなかったかもしれないけどね。いちど振り返っておきたかったんだ。自己満足ってやつなのかもしれないけど、でもさ、そういう時間があったなって後に思えるのもまあいいんじゃないかな。
これを書き始めたとき何を言おうとしてたのか、あまり覚えちゃいないけど、とりあえず僕は元気にやってるよ。1時間だって寝られない日もあるし、人間関係に頭を悩ます日だってそりゃあるけど、それなりに楽しんでるよ。「もっと自分のことをしっかりと話すようになれよな」っていうのはひとつ上の先輩の言葉だ。今からこんな捻じ曲がった性格を直すのは一苦労だし、きみもちょっとは変わる努力をしてくれたら嬉しいな。いや、無理にとは言わないけどさ。

ああ、そろそろこれくらいにしておこうか。最後にひとつだけ。きみはこれから失敗ばかり積み重ねていくし、もう死んでしまいたいって考える瞬間が山ほどやって来るよ。だけどそんな一時の感情に流されちゃいけないよ。80年も生きた爺さんの葬式で流したきみの涙が嘘になってしまわないように、生きるってことをもっと大事に思って欲しいから、だから僕は何度もきみに未来をみてくれよと叫ぶだろうさ。

そうだな、死にたいと思う回数よりかはずっと少ないけど、きみにも生きてて良かったって思える瞬間がやってくるよ。それは間違いなく、必ずやってくる。きっと最高の夜になる。そのときは、泣いてしまわないようにするんだよ。ちょっとは取り繕った方がカッコいいだろうからさ。

僕から言いたいのはそれだけだ。まあまたどっかで会おうぜ。きみの好きなものでも用意しといてやるからさ。それじゃ、どうかお元気で。